日本の美容外科の歴史

最初の時代は第2時世界大戦終了の頃ということになります。1957年頃に形成外科の研究会が発足しましたが、それとは別にいわゆる美容整形外科と称される開業医の方々が独自に美容外科を実践していました。初期は総合病院の形態を取って当時としては基本に忠実な美容外科を実践していた十仁病院などが中心に存在していました。しかしながら医師免許を持つ特定の医師達がパラフィンやオルガノーゲンといった注射で豊胸を行っていた時代でもあります。これは後日非常に大きな社会問題となって、1956年に東大整形外科の三木教授の音頭の元に特別診療斑としての形成外科が発足しました。これは日本の形成外科の幕開けでもあります。その後東大と東京警察病院が中心となって、主に大森清一先生のもと形成外科・美容外科・皮膚外科が正式に学問として研究されていきます。私の恩師である防衛医大元助教授の新井先生は東大の診療に従事されていましたので、当時のお話をよく伺いました。1958年には日本形成外科学会が組織され、1972年に標榜科として形成外科は正式に病院の診療科目に加えられます。医師会や政治家の問題もあったのですが、その際は形成外科は美容外科と一線を画すという制限が設けられていました。本当は美容外科もという思いがあったようですが、形成外科医ではない医師の努力もあって予想外に事がすすんで1978年には美容外科も標榜科となります。これが良かったのかどうか、今も当時を知る先生方からは色々な意見があるようですが、何はともあれ美容外科が認知されました。私の恩師である札幌中央形成外科の武藤先生は十仁病院系ではありますが、形成外科医としても活躍されており、この辺のお話も聞いております。十仁病院を中心とする美容外科開業医と大森清一先生を主とする形成外科系の美容外科医が相容れることなく最近まで来ておりますが、ここ数年は両者が歩み寄る部分もあり、また皮膚科医の美容領域の進出などもあって、これらの明確な区分は難しくなりつつあります。どのような所属であれ、正しい診療を行って良心の元に診療をしていれば問題がないのではと思ってます。十仁病院系の先生で立派な先生も知っていますし、逆に形成外科医でも問題があることもあります。どちらに所属するかよりも医師としての資質によるものと感じています。ただ、現実にはお金儲けの手段として美容外科を実践している医師もおり、何も経験がないのによく治療できるなあと思っています。

最近では、レーザー治療の発展のもと皮膚科医が急速に美容領域に手を広げています。もちろん皮膚科の先生でしっかりした先生もいますが、前述と同様、最近では少し問題ありということもあります。若い女医さんで雑誌に頻繁に登場し、何も知らず美容治療をしているのを見ると、ちょっと待ったと感じることもしばしばです。

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